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『千切れる』レドヒツと残幽

「美しいとは、楽しいということか?」
「逆じゃないか?楽しんでいる人間は美しいと聞く」
「そうなのかな」
 木の幹に腰掛けて幽鬼は数十メートル先の騒動を見守る。土煙をあげて攻防するレッドとヒィッツという珍しくもない光景である。
 二人は大抵本部の廊下や中庭でやりあっているが先日孔明から損害分を給料天引きにされたのが堪えたらしく、今日は実験用の森林にきていた。
 木はなぎ倒され、枝ははじけ、地面も抉れているが二人にしてはまだ大人しい。見かねれば麻痺毒を撒く気でいる幽鬼の存在もストッパーになっているのか。
「なにが美しいんだい?」
 暇があれば幽鬼を訪れるようになった残月は一段下の枝で幽鬼をみあげる。美しいというのなら、きみの横顔が・・・とは胸の内に納める。どん引きされそうだし、気味悪がられそうな気もした。
「ヒィッツ」
 片腕をのばし、幽鬼が分身を一体とばす。遠目に今にもヒィッツを組みしこうとしていたレッドが昏倒する姿がみえた。
「余計だったかな」
 枝から飛び降り静かに幽鬼が歩く。残月は斜め後ろに陣取ってどうしたものかと考えている。幽鬼はヒィッツに甘い。甘いというか、なついている。
 一瞬心が小波をたてた。残月は聡明な筈の頭で現状の人間関係を再確認する。(他にすることがない)
 レッドはヒィッツを所有物扱いしており、幽鬼はそれが気に入らない。が。

 余計だったかと零すように二人の遣り合いが痴話喧嘩に過ぎないことも承知している。レッドは極端な話、ヒィッツ以外に特別な情けはもっていない。
「(うむ。私だけが関係から抜けている)」
 本音をいえばレッドがとっとと起き上がってヒィッツをどこぞへさらっていけばいい。幽鬼はため息一つで首を振るだろうし、残月は曖昧に落胆する幽鬼をお茶に誘うことができる。
「(間抜け忍者め)」
 仮面の奥で悪態をつく。残月は幽鬼の感応力にも一切の感情の揺れを見せない。ヒィッツはひきずり倒された体勢から半身をどうにかおこしていた。レッドはヒィッツの足首を握って離さず、体を痙攣させている。
「大丈夫か?」
「ああ。すまない、助かった」
 ヒィッツが白眼に驚きをのせ幽鬼と残月を振り返る。
「致死毒か?」
「いや。数十分で動けるようになる」
 自身の足を握るレッドを不安そうに示せば、幽鬼は苦笑いをした。いっそ致死毒を使いたかったのかもしれないと、思う。残月は常に不敵な表情を浮かべる仮面の忍者の突っ伏した姿を見下ろし、
「手は外れないのか?」
 今度はヒィッツの苦笑いをみた。
「切断するわけにもいかんしな。このまま少し休むよ」
 ヒィッツは主に幽鬼へ笑いかける。幽鬼は懐から小瓶を出し、無言でヒィッツへ渡した。解毒剤か中和剤か。
「また」
 今度。そういった幽鬼に残月は袖をひかれた。レッドがヒィッツにするように、幽鬼が強引に残月をひっぱっていく。
 十分ヒィッツから遠ざかって、
「ちぎれた」
 スーツの脆弱さを責めるように幽鬼が手に残った藍色の袖端を見下ろす。ひきずられなくとも横を歩いていた残月は「そのようだ」とおどけて返した。
「本部に戻ってお茶でもどうだい?」
「ああ。誰もこないところがいい」
 拗ねたように幽鬼がいう。
「いま、シツレンしたのか」
 いうつもりのない言葉が口をついて、残月は幽鬼としばし見合った。幽鬼の表情が平坦になり、少しずつ元のように拗ねたものになっていく。
 残月は口を尖らせる幽鬼の袖をひっぱって、足早に、袖がちぎれてしまわないように本部へ歩いた。

『千切れる』レドヒツ

 降り注ぐ血の雨に興味の一つも示さずに元を断たんと指を鳴らす。
 人を振り回し千路にばら撒くのは、己自身にすらヒトカケラの興味も持っていないだろう制御を失った機械の一団。 
 ヒィッツカラルドは素晴らしきその能力を以ってむせ返る悪臭の巷をひとり切り開いていく。赤色が褐色に変わり、どこかであがった火の手が黒煙を伴い版図を拡大していく。
 両手の指を同時に鳴らした。一瞬間目の前が開ける。悪臭も酸素も退き、また戻る。
「あいつは何だって赤色を冠されたんだ?」
 この場で一つ、正しく唯一。疑問を疑念を興味を白い瞳に宿してヒィッツカラルドが歩幅を縮める。目の前に一際大きな機械の塊。
 あちこちに人の破片をくっつけた、どこかの国で、例えばここで、造園の用につくはずだった剪定ロボット。工業地帯の業務ロボットが一斉に暴走へ走った理由はわからない。もしかしたら潜入したBF団の仕業かもしれない。
 鎮圧の任に就いたヒィッツカラルドはただひたすらに前進し・破壊し・赤色が想起させるひとりの男のことを思う。遠い地でその男も延々と破壊任務に従事しているはずだった。そうじゃなければ、性に合わんと別の任務に腐っているはずだ。

「すっげぇ臭い」
「失礼な。任務の泥は落としたぞ」
「ちげぇよ。香水臭ぇ。女の趣味相変わらず悪いよな、お前」
「お前に女の趣味を云々される覚えはない。女性と合う時間も当分とれていないしな」
「威張んのかよ、そこ。んじゃ何の臭いなんだ?」
 嫌味ではなく心底嫌そうにレッドが鼻に皺をよせる。ヒィッツのスーツを嗅ぎ、奇妙なものをみるように白い瞳を見上げた。
「薔薇・・・・・?」
「・・・・・・ああ。前の任務で精油を浴びたかもしれない。相変わらず犬並みの鼻だな」
「てめぇは犬ほども学習しねえな」
 本部の廊下の隅へレッドがヒィッツを押しやり、壁の間に挟みこむ。人目も気にせず唇を塞げば、常の抵抗もなく真っ白い目がじっとレッドの黒瞳を見返す。
「なんだよ」
 息が切れるまで舌を絡め、離せばいくらか潤んだヒィッツの目が半月のように細くなった。
「どうしようもなくチープな答えを思いついただけだ」
 垂れる唾液を手の甲でぬぐい、残りを舌で舐め取る。壁に頭をつけて圧し掛かってくるレッドを見上げた。
 獲物を罠にかけるように薄っすらと笑う。レッドは少々たじろいでいた。背後で通りかかった覆面が全力で走り去っていく。
 人目のある場所でヒィッツが許す体勢ではなく、浮かべる表情ではない。
「あ?」
「教えてやらんでもないが、どうする?ここからはお前の部屋のほうが近い」
「てめぇがヤる気なんじゃねえか。仕方ねぇから付き合ってやるよ」
 腰を抱き寄せる。担ぎ上げようとするとひらりと逃げられた。ヒィッツはレッドを置き去りにさっぱりした様子で先を歩いていく。
「おい」
「なんだ。気が変わったか?」
 違うと言い返すのも業腹でレッドはヒィッツを追い越して私室へ向かった。背中でヒィッツカラルドが歌うように先の任務の話をしている。
「お前の「赤色」はハラワタではなく、情欲の色だと理解してな。からまった靴紐がやっと解けた気分だ」
「・・・なんだそれは」
「さっきいっていた答えだ。焦らすほどの事でもない。行為に没頭したいだろう?」
 レッドを押しのけてヒィッツが部屋へ踏み込む。立ち止まり、反転してレッドの鼻先に指を突きつけた。
「全部真っ二つにしてひとの通り道をつくってやろうか」
「片付けろって一言いやぁいいだろう?」
 レッドが衝動買いしたのだろう、アスレチックが如き大型家具の乱立にヒィッツが目くじらを立てる。レッドは取り合わずドアをロックしてヒィッツに襲い掛かった。
 一部家具がヒィッツの提案通り真っ二つになったが、レッドが気にするわけもない。
 褐色ではなく、薄桃色に変わっていく情欲の声を撒き散らし二人で一つ時間に 溶け崩れていった。

『割れたガラス』魔王と策士

「あ、」
 めきゃ。悲しい音を立てて孔明の足下で眼鏡が無残にひん曲がる。
「嗚呼」
 そっと足をどかせても、いらぬ力がはいっているのかめきょと音を立ててフレームはさらにひん曲がった。グラスも割れている。
 防弾仕様の特殊グラス、戦車が轢いても壊れないと開発部から勧められた眼鏡ならいくらでも引き出しに入っているが。
「はぁ」
 足をどかせ、屈み、破片を拾う鼈甲柄の目がねは私室でしか使わない年季物で、特注しない限り同じ物は二度と手に入らないだろう。
 特注したところで、複製をこしらえた所でそれに愛着が沸くとも思えない。
「迂闊でしたねえ」
 うっかり職場でもらせば波紋になって広がるだろう声。孔明は破片を紙の上に集め、一瞬迷ってゴミ箱へ捨てた。

「頭痛か?」
「なんでもありません」
 いまだに手書きの報告書を提出してくる怒鬼から紙束を受け取り、ざっと捲って内容を確かめる。
「酷い顔をしているぞ」
「面白い冗談ですね」
「眼鏡の度があっていないのではないか?」
「そんなことはないと思いますが」
「眼球がいつもより動いている」
「はぁ」
 おひきとりください。しごく真顔で退出を願い、「邪魔をした」と怒鬼もあっさり部屋を出て行く。
 眼鏡の度は、考えたくないがまた視力が落ちたのかもしれない。肉筆に触れる機会が少なくなったせいで、流麗な怒鬼の筆を読むにも変な力が入っているのかもしれない。
 とりあえず怒鬼に難癖をつけて減給してしまおうか。
 現実にやりはしないがふと頭に浮かぶ。やれば怒鬼も少しは噛み付いてくるだろうか。

「頭痛か?」
 数時間前にいわれた台詞と全く同じ言葉を、何の心算か魔王が正確にトレースする。
「酷い顔をしている」「眼鏡の度があっていないのではないか」「眼球がいつもより動いている」
「お引取りください」
 違うのは、言葉の端々に暑苦しすぎる魔王の本気の気遣いが見え、退出を願っても端からこちらの言葉を聴いていない。
「この傷は?」
 そればかりか孔明の左手をとり、手首を凝視する。
「なんだというんです」
「いや。傷のうちにも入らぬが」
 スーツの袖口より奥。白いシャツに比べてもあまりに白く、青い静脈が浮き出た肌にきらりと光る粒がある。
 魔王は指腹に一つ、粒をとり分からぬほどに薄く引かれた、ひっかき傷のような膚の線を痛ましそうに撫でた。
 ぶわっと孔明の背中が総毛立つ。魔王に撫でられた肌も、わかりよい程に鳥肌をたてていた。
「飴細工・・・?」
「鼈甲ですよ」
 魔王から腕の自由を取り戻し、撫でられた箇所をハンカチで拭う。分かり難く、きらきらと照明を反射する粒がある。
 昨日踏み壊した眼鏡の欠片だった。どれだけ粉々になったのか、一部が飛散していたらしい。それが腕につく確立がどれだけかわからないが、ないことではないだろう。
「縁が深いものだな」
 茶を飲むように魔王がしみじみという。
「懐かしい念を感じる」
「そうですかよかったですねおひきとりください」
 ばん。孔明が非常ボタンを殴りつける。魔王の足下に一瞬で落とし穴ができたが、かわされた。孔明の対魔王排除部隊が到着する前に転倒させられる。
 あと二つ、いよいよ鬱陶しいと思った時用にとっている撃滅ボタンを撫でるにとどめ、「他に御用はないのでしょう?」
 きつく出口を睨みつけ、魔王に自首退去を乞う。
「ああ。また一緒に行こう」
 まだ十傑集も片手で足りるほどの人数しか集まらず、迅速を尊べば孔明、魔王も現地へ飛んでいた時代。
 諜報目的で出歩いた街で魔王が孔明へ買った眼鏡も鼈甲柄だった。そちらはとうに任務の内で失っている。
「だまらっしゃい!」
 昨夕壊したのは再度孔明が買いなおした魔王が寄越した物と同じ眼鏡だった。孔明が撃滅ボタンを殴りつけ、悪夢のように魔王は気安く回避し退出していく。「・・・・・・」
 ボタンを叩いたせいで痛む手と、ハンカチについた微量の粒を見下ろす。
 視力だとか能力だとか、わかりきっていた魔王という存在に心底疲れて、孔明は眼鏡をかけたまま机につっぷし、顔に傷をつくった。

『包帯』レドとヒツ

 ビルの壁を駆け上り、屋上から飛び降りる。地表近くまで自由落下に任せ、寸前で壁を蹴って加速する。
 頭から突っ込み、左手をついて再度空へ舞い上がる。じんっと指先が熱を持つ。
月明かりも希薄な浮ついた灯りが満ちるオフィス街の深夜。
 音もなく、空に舞った体は次のビルへ足をつけ頂上まで駆け上がる。屋上にたどりつき、給水塔へ飛び上がり、地表へダイブ。
 壁を蹴って加速、加速、加速。今度は上りの数倍の勢いで大地への接吻に挑みまた、ぎりぎりの、ぎりで手が冷えたタイルにつき体を空へ跳ね上げさせる。

 ジェットコースターのような高低移動を繰り返し、めぼしいビルをあらかた回った。最後は手ではなく、踵を地につける。軽い靴音。
 とても地上80階から飛び降りてきた音とは思えない平和な音をたて、ヒィッツは高層ビル群に背中を向けて動きをとめた。
 指を一つ鳴らせば、都市の中心部が瓦解。
 二つ鳴らせば轟音が二倍に増え、三度鳴らして四度を鳴らす。
 すっくと姿勢良い立ち姿で拍子をとるように指を鳴らし終わるとハンカチをだして口を覆う。粉塵立ち込めるとはいわないが、方々から火の手があがっている。
 カツン、カツン、カツン。機嫌よく靴音を鳴らし悠然とヒィッツは歩き去る。途中腕をつかまれて、駆けつけた救急に怪我はないかと包帯で吊るした右手を注視された。

 ビルではなく、今度は電波塔へ駆け上る。てっぺんで立ち止まり雲に隠れた月の、僅かな漏れ光を見上げる。
 一つ、二つ、三つ。指を鳴らしても雲は散らない。かわりに何を裂いたのか、遠くの空から何かが落ちていく。
 旅客機だろうか。大きさに見当をつける。それは地に落ちて遠目にもわかるほど派手な火柱をあげた。
 あれは先ほど壊したビル群のあたりではないか。さして興味なく火の手をみる。雲は風にどかされて月が顕わになる。
 ひとつ、ふたつ、みっつ。何を数えているかもわからず、6カウントを迎え電波塔を崩した。
 ななつ、やっつ、ここのつとお。
 塔のかけらを蹴って寄ってくる影を攻撃する。影は造作なく欠片を避けてヒィッツの隣に並んだ。
 月がまた雲に隠れる。影にかくれるような黒髪、黒いスーツ。マスクとマフラーの赤よりも強烈な目の光をたたえてレッドはヒィッツの右腕を掴む。
 さきの任務で無理にひねられ、固定を余儀なくされた吊るされた右腕だ。力をいれればヒィッツは身をひき、硬くなる。
 構わず引き寄せて次の任務が決まったようだと耳打ちしてやる。負傷のせいで任務を外されていたヒィッツは露骨に目を輝かせた。
 ヒィッツの派手な真夜中の散歩に閉口した孔明が、わかりやすくとってつけたレッドのサポート任務だがヒィッツは気にならないらしい。
 首からつっていた包帯を外し、夜風へ流す。
 カツン、カツン、カツン。靴音をさせるヒィッツの左腕を引っつかみ、レッドは風から包帯を奪い返してヒィッツの右腕を元通り吊るす。
 ついでに足払いをかけて地へ倒すとぽかんとヒィッツが見上げてくるものだから、レッドは堪り兼ねてオレンジ色の髪を無茶苦茶にかきまぜた。

『地下道』残月と幽鬼

 涼しい音をたててグラスのなかで氷が踊る。
 マドラーに伝う滴は黄金色に染まって、かきまぜる指についた。
 伏すようにバーカウンターに凭れている。マドラーを離し濡れた指を舌先で触れる。グラスの淵に咲いた塩の端と手のひらの発汗。塩グラスをあおって塩味を押し流し店を出た。

 酔っているだろうか。遅効性の毒のような甘い香りと地下に停滞する土臭い空気が自身と一体になっている。
 迷い無く帰路をたどりながら、さてどこへ帰ろうとしているのか疑問がこめかみでちらつく。
 地上へあがる出口をいくつも通り過ぎ、自転車を押してスロープをあがる老人を見送り、まばらな人がいよいよ見えなくなる先へ先へと歩を進めようやく。
 酒をもう一杯飲んでおくべきだったか。
 軽い後悔が浮かんだ。再奥の出口階段で人影が佇んでいる。
「奇遇だな」
 こちらから声をかければ、戸惑う視線が返る。視線は私を行き過ぎて背後のなにものかに刺さった。
 ダダダ・ダダダ・ダダダダダ。遅く暗く重く、地面近くで停滞していた地下道の空気が劇的にかわる。
 背後で乱射された機関銃はまっすぐに私を狙い、ただの一発も私には届かなかった。
 私と機関銃の斜線にコ・エンシャクが立っている。なにをするでもなく、ただ立っているだけで銃弾はすべてブラックホールのような、どことも知れぬ宙へ吸い込まれていく。
 掃射音はすぐに止んだ。残月が腰のまがった老婆を叩き伏せ、手押し車のような機関銃を足下においている。

「生体マーケットをしっているかい」
「そこに私がリストアップされていたのか」
「君というか、燐粉がね」
 地下道をでると雨が降っていた。こうもり傘を広げる残月の隣に入り、老婆と機関銃を持って先に帰ったコ・エンシャクを恨めしく思う。
 残月のことは嫌いではないが、最近「偶然」出会う頻度が高すぎることに戸惑っていた。それも終わりだろう。なんのことはない、残月は監視任務についていただけだ。
「ナンに使うか知らないが、どうしても欲しいという御仁がいたらしいのさ。そっちはレッドがいっている。もう片付いた頃だろう」
「知らぬは俺ばかりなり、か」
 孔明のことだから、レッドに燐粉採集御仁の利用計画を奪取させてくる筈だ。近日中にBF団から燐粉提出命令がくるかもしれない。
 陰鬱な気分に猫背がさらに丸くなる。にわかボディーガードはその心配はないよ、といった。
「幻覚作用に目をつけたようだったけど、それは何も君から採取しなくてはならないものじゃなし。孔明ならそこのバランスはわかってるよ」
「なんだ。もう利用目的まで調べていたのか」
「調べてからリークした」
「・・・だれに」
「孔明に」
 残月を見上げるが表情は読めない。
「車を拾おう。3時間後にはヨーロッパだ」
「任務でもなしに護衛をしていたのか?十傑の私を?」
 いつ情報を拾い、いつ調べて、どこで孔明にリークした。聞けば3,2,1と小気味良い数字が返る。単位は「日」だと車に乗り込みドアをしめる。
「それ以前の「偶然」は追求しない方針でひとつ」
「次は「奇遇」といってやらない」
 車が走り出す。運転手は見慣れた覆面を被っていたがもうつっこんでやる気になれない。車はまっすぐ空港に入り、残月のみならず私まで置き去りにして車は去った。

『吸血鬼』レドヒツ

「なに怒ってんだぁ?」
 殺しや破壊ばかりが任務ではないが、殲滅や抹殺の任務が最近顕著にあたる。暗がり、白昼、屋外、機内。あらゆる場所であらゆる人種を一つ目的のために殺して殺して殺して。弱い者いじめをしているような、蟻の巣に水を注ぐような、例え話をあげるだけ不謹慎とそしられるだろう、社会通念安全ラインを越えた先に在って。
 レッドは白刃をかざし一合、二合と渡り合う相手に笑みを深くしていく。
「貴様が笑っているからだ」
「楽しぃんだから、イイだろ」
 三、四、五、六。相手の獲物は長短の刀。一つで切りつけ、一つで防ぐ。久しぶりの二刀流。場所は某国某国立大学の屍だらけの講堂。国際フォーラムが行われていた模様。警備会社にはダミープログラムが流されている。
 この場の異常を知るのは専門職のガードより強かな武器携帯参加者のみ。あと数分で講堂が爆破される手筈。
 それまでにレッドは脱出するつもりだが、爆破ごときに巻き込まれてもこの相手とやり合っていたい気分になっている。
「なぁ、ほんとに。なに怒ってんだよ?」
 踏み込むとみせかけてバックステップ。クナイを飛ばし、弾きもせずにつっこんでくる相手に喝采。長短の刀がレッドの腹とわき腹を壁に縫い付ける。
「くっ」
「なぁ、なんでだ? なに動揺してんだ?あ?」
 腹はぎりぎり肉を抉られた。わき腹は皮一枚。どちらも騒ぐほどのダメージではない。レッドにとってはかすり傷。
 相手の足の横にはまだ暖かい女の死体。相手が避けて跳んだ間には血も流さない男の死体。
「それがわからないなら、お前には血も涙もない!」
「いらねぇよそんなもん」
 相手の、二刀流の首に白刃が一閃。一つ刀を振って壁から離れたレッドの後ろで、八つに分かれた人体がごとごとと床へ落ちる。
「なんだったんだろうなぁ、あいつ」
 刀から血を拭い鞘に収めて外へ出る。講堂が爆発し、明日には過激派の爆破テロと報道がなされるだろう。
 帰還準備に奔走する覆面を一人捕まえて、じっと目を見て疑問を捨てた。   レッドに凝視され覆面は震えだし、手刀をくらって昏倒する。
何の気もない八つ当たり。つまるところ久方ぶりに二刀流は死体に満ちた空間が怖かったのではないかと、仮定した。

「ヒィッツきぃてんのかよ」
「聞いているから降りろ」
「楽しけりゃ笑うだろ。嬉しけりゃ笑うよな」
「凄惨な笑みだとか、酷薄な笑いとかいう代物だろうがな」
「死体刻んだわけでもないんだぜ?そんな趣味ねぇけどよ。なのに」
「降りろ」
 ヒィッツの部屋のヒィツの寝室、ヒィッツカラルドの体の上でレッドは巧みに寝技を用いヒィッツに絡んで耳に言葉を吐きかける。
「一ヶ月も前の任務の話をぐだぐだと鬱陶しい! 一体お前はなにがいいたいんだ!」
「お前とやりあうのが一番楽しいって話。死体だらけの場だろうが、俺に凝視されようが、こうして絡み付いててもよ。
 お前は俺を殺すし、俺もお前を殺す。躊躇なんてないし、怖いなんて気持ちもないし。楽しいからソウイウコトもするだろ、なぁ?」
 耳に舌をさしいれて舐る。レッドの頭を片手で掴んで寝台に押さえつけ、ヒィッツは息を切らして距離をとった。
「お前と私を同一視するな」
「同じだとはいってねぇよ」
 ヒィッツの太ももをひっつかみ一瞬で最前の体勢に戻る。
 首筋に噛み付くように唇をあてて、レッドは満足した熱い息を吐いた。

『体液』幽ヒツ

 排水溝へ流れ行く軌跡を目が追う。
 なにか些細な感情が浮かんでいる。
 髪にさしこんだ指をまぜる。シャンプーに毛髪が泡立ち、泡も弾んで飛んでいく。体を流れるシャワーにそって、垢も汗も血も泡も消毒液もいっしょくたに流れていく。排水溝の蓋を、足指でつつくとくらい穴が口をあけた。 

 完全に乾かすのが難しそうな分厚いバスタオルに窒息するほど顔を押し付ける。体中から水が滴る。体から湯気がたっている。雲になって雨になればいいと思う。虹がかかればいうことはない。
ぺ たぺた音をたてて床をあるく。裸足がフローリングから離れるたびに粘つく水の表面張力を感じる。
タ オルを頭にあてて、形だけ髪を拭く。そのままベッドに横になるとすごい勢いで水分がシーツに吸い取られていった。
「おこられる」
 ああ、とか、うう、とか。意識して出す呻き声を耳に確かめ、自声の低音に違和感を感じる。
 声変わりを経験した昔は逆に新鮮で面白かった。一日中喋って声が潰れた。それも愉快だった。
 死ぬのかと思った。回想して笑うなど日常考えられない。
 寝返りを打つ。ベッドはタオル以上にふかふかだが、適度に弾力もある。背中はすっかり乾き、いま下にした右側面も。空気をひっかいて左腕の裂傷が痛んだ。死ぬほどの血はでていない。ちっとも出ていない。
 崩落したビルの破片を被っただけだ。ひとりならもっと大事になったろうが、同道したヒィッツが自身を突き飛ばしてくれた。
 ヒィッツは寸前まで自身が立っていた場所にあって、指を弾き、白い目を大きく開いて、口をにんまりと吊り上げていた。
瓦 礫とガラスと埃をあびて、千切れた髪と皮膚と肉と血を流して、いままで決して見たことのない戦いに汚れた姿で寸前までとまるで変わらぬ笑みを浮かべ華麗に指を弾いた。
 ああ、とか、うう、とか。意識してだす呻き声をだして、それでも自分は機械的に郡雲虫の操作を続けヒィッツが狙う破壊対象へのナビを努めていた。
 撤収までの間に応急処置をすませたヒィッツが顔を見に来た。大丈夫か、と。いつもの親切すぎる顔で問われると返す言葉はない。
「ありがとう。大丈夫か?」
 ようやくそれだけいうと、ヒィッツは不意打ちを喰らった顔で考えていた。礼と問いかけの意味を理解しかねる。真実その様子に泣きたくなった。泣きはしなかったが。
 泣きそうになったのだ。いつぶりだろう。頭の隅で勝手に走馬灯が駆け巡る。押し潰して、久しぶりのヒィッツとの任務で忘れがちな感情が浮かれて暴走しているのだ、と。現状を理解した。

「風邪をひくぞ」
 買い物に出ていたヒィッツが戻っていた。足指であけた排水溝のくらい穴を思い出す。だれかを庇ってヒィッツが死んでしまったら嫌だなと唐突に思う。
「ヒィッツ、」
 負傷の様子など全くない、完璧に身なりを整えたヒィッツの姿を見上げる。体を起こす前にヒィッツがかがんだ。
 上半身を持ち上げて頬にキスをする。唇を舐めるだけのキスをする。手をとって、ヒィッツに死が及んだらそれを自分が変われますようにお祈りをする。
 ヒィツはかがんだ姿勢のまま固まってしまって、反則だ、といった。

『一人ぼっち』残月と幻夜

 りょうてのひらからあふれるみずをかわからすくいあげ、
 喉に流し込むつもりが、顔に叩きつけて散らした。
 このはがめのまえをながれていく。
 腕を差し込めば捕まる距離で魚が一尾こちらをうかがっている。
 さかなをおどろかすつもりでかわもにかおをつけてみずをのんだ。
 魚は微動だにしない。自身が濡れただけだ。
 滑稽だが、それを笑うものはいない。わかりやすく一人きり。作戦行動中に誉められたことではないが、独りになりたくて抜け出した。
 あと数時間で焼け野が原になる林。この川は積雪の山から流れている。濾過しなくとも飲める水がまたひとつ消えるのだ。この一帯の命が全て消えて、あとには何も残らず、ただその荒廃をみせつけるためだけに焼き払われる。
 そのことに関しては、とくに思うことはなかった。ただ、その作戦を実行する人間も全て消えればいいのにと思うだけだ。
 都合の悪いことにその願望には自分も含まれている。仕方ないな、と濡れた頭で考える。自分は今つまるところ軍人で、特殊戦闘員というよくわからないなりに一般戦闘員よりは自由のきく立場を与えられている。
 作戦中に現場を離れても精精始末書を一枚かかされるだけ。それも本隊に帰還してからの話だ。このまま部隊に戻っても小言一ついわれないだろう。
 だからなんだ、と思う。仕方ないな、と思う頭で空しさを感じる。
 風が吹いて、羽虫が目に入り涙を零す。川に顔をつっこんでばしゃばしゃと洗い、羽虫は流れ出なかったが、頭の奥から空しさが流された。

「・・・・・・」
「ここは証拠隠滅に焼き払われる予定の地だと思ったのだが、違ったかな?」
「・・・・・・」
「生体実験場とは思えない清清しさだな。 少々きな臭いが」
 川に火傷した手を浸し、雑誌から抜け出てきたような甚だこの場に似合わないスーツ姿の男に目を向ける。
「違わない」
 男はひとりきりだ。林のそとには男を運んできたヘリがあるだろうに全く気がつかなかった。
「あんたは?」
 男は大仰に名刺をとりだすポーズをして、「これはしまった」と笑った。
「悪の秘密結社に名刺はなかったな」
 笑うところなのだろうか。どこに? 悪の秘密結社とは。男はさらりと流れる黒髪をゆらし、ハンカチをさしだす。
「一個中隊を撃滅して火傷一つとは恐れ入る。どうだろう、丁度失職した様子だし、BF団に入らないか?」
 川のなかで三つ目の魚が笑う。BF団の名は知っていたが、巨大すぎる組織名に真実味を求めるのは無理だ。
「利点は?」
「友達ができるよ」
 男が笑う。今度は一緒に笑えた。男はひとりぼっちだ。林の外で燃えている部隊や同じかたちのいない林の生き物よりひとりで、妙に清清しい気分になっている自分よりもずっとずっとひとりぼっちだ。
「それはいいな」
 自分の言葉を一つとして信じていない。男の目に敬意を称し入団の誘いを受けた。

「友達はよかったな」
 紙文書で密林をつくり、ペンを走らせ目を擦る。この惨状の原因はマスクザレッドの稚気にあるが、始末に追われるのは勢い前線向きではない者たちだ。幻夜は拒んでいた栄養ドリンクに口をつけ、白いスーツの袖にインクの染みをつくっている。
「自由に使えるA級エージェントを迎えたつもりだったのに」
「イワンのような?」
「そうだ。なのに十傑入りまでしおって」
「いいじゃないか。月と夜はオトモダチだ」
 気色が悪いと幻夜が顔をしかめる。残月は書類にサインする仕草で、幻夜にインクをとばした。

『雨』レドヒツ

「流されちまったりな」
 最近レッドの笑い所がわかるようになった。
 今にも濁流に呑まれそうな山間のロッジで窓から身を乗り出さんばかりに外へ好奇心を示す。底にあるのは優越感だ。
 通常なら絶望するしかない状況、八方塞がり、絶体絶命の状況こそをこの忍者は愛し、災禍を災禍と思わずにさっと切り抜けおもむろに、足掻く背後を振り返ってせせら笑う。
 物凄く性格が悪い。趣味も悪いし人相も悪い。
「そうだな」
 どんな最悪にでくわそうとも自分だけは打破できると頭から信じ込んでいる根性だって素直とはいえない。
 三日前から降り続ける雨音に耳を向け、レッドの様子を意識から締め出す。
暇があれば読むつもりでもってきた本がそろそろ終盤にさしかかっていた。推理小説なのかオカルト落ちなのか、明瞭するまであと数分。
 レッドが視界の端で避けそうなほど口を吊り上げ笑いをつくる。
 どんっと大型車に突っ込まれたような衝撃。黒い鳥はもう空へ飛び上がっている。レッドに笑いが浮かべばその瞬間に彼は状況クリアまでの算段をつけていた。
絶対口にはださないが、わたしは、彼の笑いを(好きではないが)頼もしく思っている。

 山間にあるそこそこ豪勢なロッジが濁流に囲まれている。数日前から降り出した雨は思いの外強く、地質調査済みとうたわれた山が冗談のように軟弱な基盤をさらしていた。
 城攻めをうけているような轟音。自家発電でかろうじて灯る照明にヒィッツの横顔が淡くひかってみえる。
 とりすました顔で紙束をながめ、ゆっくりと足を組み替える。
「流されちまったりな」
 濁流にのまれればこんなロッジは跡形もない。土石流に流されてばらばらになる程やわではないが、普段からやたら格好を気にするヒィッツならそれは露骨に嫌がるだろう。
 反応をうかがえば眉をうごかしもしない。
「そうだな」
 調子をかえず紙をめくる。殊更に騒ぐことはなにもないという態度が、既に最悪を想定し内心ため息つき通しの悲観主義を匂わせる。
 どれだけの最悪を想像しても、奴は自分が死ぬ想像はしていないだろう。そういう甘さが愛しい。例えば濁流に流されて、姿勢を崩した瞬間に俺に心臓を一突きされるだとか。
 例えばこの場で押し倒されて、喘いでいるまに殺されるとか。
 どういう経緯を辿ったとしても、こいつを殺すのは俺に違いないからそこだけは心得ていて欲しいと願う。
 声をかけようとして、とうとうロッジが流されたことに気付いた。窓を蹴破り飛び出す。振り返ればやつはうんざりした顔をして、俺を見上げ追いかけていた。
『あなたの寝顔』残幽
「・・・幻をそうと分かり良いように飾りたてるようだ」
 樹上にねそべって幽鬼が熱のない声を返す。
「嫌いかい?」
 好悪の別もない。興味がない。言葉はかえさず、幽鬼は一匹群雲虫を残月に送る。幽鬼が休む樹によりかかり、残月は薄く笑みを浮かべた。虫は残月の博士帽のような、特異なマスクのすだれにとまる。
 ひらひら 羽は退屈に微睡み、虫は細い目を閉じる。
二人が話しているのは任務の最中にみた婚礼の行列についてだった。きらびやかな白色の衣装をみにつけ、新郎新婦が街の東西に別れ中心めがめて練り歩く。市長舎の前で合流し、式は青空の下。
 誓いや願いや祝福の声が響く中、幽鬼は残月が指揮する地下道の輸送部隊を護衛していた。地下と地上と上空。分身をとばし偵察を勤め、なにかあれば神経毒で迎撃する。
 何事もなかったのだが。
 山間の小さな街だった。孔明が次の作成で使用する兵器の集積地と定められたばかりに、なくなってしまった。
 輸送部隊の到着時間に目処がつくと、幽鬼は一足はやく街に踏み入り神経毒を散布した。あとは持ち込んだ兵器と住民の生体が交換されるだけだ。下準備には時間がかかったが、執行してからは半日で片がついた。
 幽鬼は作戦を回想し、まだ青白い月を探し、地上の残月を探る。
 気配は静か、穏やか、眠っているよう。実際寝ているのではないか。分身は残月が地に座して書き物をする姿を捉えている。
 さらに探る。緊張と高揚が微量。作戦を引きずっているのだろうかと、思う。
「報告書を確認してくれ」
 作戦が執行されたのは今朝。終了したのは昼半ば。今は日こそまだ明るいが午後8時頃。残月は気配をさぐる虫に書き上げた紙を二つ折りにしてみせる。
真上へ放った。
「明日でいい用事じゃないか?」
 任務から戻ったばかりの自分を森のなかまで探しにくるような用事ではない。
幽鬼はやはり熱のない声で、興味の薄い調子で不思議そうに、少しの疑念をこめて紙を開いた。
「報告書?」
 食事の誘いが一行。真っ白い紙に記されている。
「どこへ?食堂か?」
「八時半から外でディナーを予約している。・・・デートの誘いを受けてもらえないか?」
 帽子から離れ幽鬼の虫が残月をまじまじとみた。眼をぱちくりとさせ、驚いている。機会を選んだつもりだったが、思うより相手は疲れているかもしれない。諦めが脳裏をかすめすぎる。
 出直そうか。残月はちらっと考えるが強気な表情はあくまでも死守。
 虫はひらひらと主の元へ帰り、幽鬼本人がひらりと頭上からおりてくる。
「マスクは着用していくのか?」
 幽鬼が問いに好奇をみせる。帽子のふちに手をかけて残月は口の端をあげた。

『義眼』アルヒツ

 右目と右目に指をおく。
 ヒィッツカラルドは指腹でアルベルトのメカニックアイパッチをなぞり、アルベルトはヒィッツの白眼の淵をなぞる。
「時に阿呆の面をするな」
「体温でぬるくなりは、しないのだな」
 アルベルトの私室で横になりヒィッツがアルベルトをみあげている。
だらだらと涙を流す右目とは別個の生き物のようにヒィッツの声音は落ち着いていた。
 情事の後というよりも、作戦完了後の寂寞とした充足感に近い。
 寝台で二人裸のまま目をなぞり互いのなにかを確かめている。
「押すな」
「何か飛び出たりしないか? ・・・・鳩とか」
「出るわけがない」
「レーダーにはなっているのだろう?」
「ああ。ドアの外にひとがいるのもわかるぞ」
「嘘だな」
「お前の心拍数もわかる」
 右目から頬、首筋をつたい胸に降りたアルベルトの腕がヒィッツの心音をきく。とくんとくんと規則正しい音を乱したくなって乳首をこねた。
 ぐいぐいと胸を揉めばヒィッツの心拍数がはやくなる。
 みじろぐ体を押さえもせず、にやにやと逃げるに任せるとヒィッツは逃げ切らず、半端な位置ですねたようにアルベルトをみあげる。
「何時だ」
「夜明け前は確かだな」
「私は昼から幽鬼と出かけることになっている」
「なんだ。昼までしたいのか?」
 わざと嘲るようにいえばヒィッツは真っ赤になって黙った。「そういうことではなく」と小さな声を押し出すようにいう。
「時にイワンが動けなくなるまでしているだろう」
「イワンだと?」
「私が知らないとでも?」
 真っ赤な顔が皮肉に歪む。恋人というわけでもない。互いに興が向けば体を重ねるだけの関係だ。ヒィッツは嫉妬をしているのではないと己にいいわけをしながらアルベルトを見上げる。
「彼は、私とのことは知らないよ」
 せせら笑うように言うと涙が落ちた。さきほど眼をなぞられたときに零れ損ねた粒だろう。ヒィッツはすっかり冷えた体を起こす。寝台を降りようとして、押し倒された。
「なにをする」
「誰がイワンとしているだと?イワンは部下だ。お前は誰と私を取り違えている?」
「誰にきいたわけでもない。イワンはあんたを慕っているだろう、他に誰がっ」
「私ではない」
「なら私の勘違いか。それならそれでいいだろう、離せ!」
 イワンの相手を探しにいけと、いうと口を塞がれた。
 アルベルトの固い唇がヒィッツの下唇をはさみ、殴られると身構えた掌がヒィッツの両目を押さえる。
 掌であたたかく蓋をしてアルベルトが口内に舌をさしいれてくる。
 呼吸を取り戻すまでにどれだけかかったか。
 アルベルトがヒィッツから離れ、さきのヒィッツのようにまっすぐに一つの目でみつめてくる。
「すねるな」
「・・・はっ」
「愛しているとはいえぬがな」
「上等だ」
 ヒィッツの指がアルベルトの右目の蓋を強く押す。脳まで押し上げようとする腕を掴みアルベルトが無造作にヒィッツの肩を抜く。
「いま抱きたいのはお前だけだ」
 下命するように淡々といい、もう片方の腕まで脱臼させる。ヒィッツは渾身の力で膝をアルベルトの股間にたたきつけた。

『双子』セルバンテスとレッド

一卵性双生児は離れていてもテレパスのように心が通じ合ったり、相手の身に異変があれば察知する能力があるという。双子の全てがそうではないらしいが、一般的にいわれるほどに受け入れられている現象らしい。
「同一遺伝子を持ってりゃいいのか?クローンでいくらでも確認できるだろ」
「十傑集のクローンを作れば能力のスペアができて面白いだろ? とうに実験したさ。遺伝子が同じでも能力どころかテレパスもできなかったんだよ。だから「一卵性」のほうがキモなのだろうね」
「十傑集のクローンを作っただと?」
「きみのはないよ。僕のを量産して、駄目だったから廃棄したり再利用したりした」
 カジノに向かうリムジンのなかだ。常と変わらぬ格好のセルバンテスと、セルバンテスの格好を黒くした変装紛いのレッドが端と端に座っている。
「気持ちのイイ話だな」
「ヒィッツのもないよ。幽鬼のは一体作ったけど、壊れた」
 信用もしなくていいよ。セルバンテスが歌うようにいう。
「おっさんのは?」
「アル?アルのをね、僕が作らせるわけないんだよ」
 始終穏かなセルバンテスが激したところをレッドは見たことがない。見たいとも思わないが、殺しあってみたいとは思う。
 リムジンはカジノの周辺を悪戯に回って、22時22分丁度に正面に停まった。ドアが開けられるのをまたずセルバンテスが絨毯に降りる。
 出迎えに案内されているのに、あちこち顔をだし好きに動き回る白色のミリオンダラーに案内役は苦笑する。同意を求める視線をレッドに向けたが、レッドは被り物の影で気付かない振りをした。
 今日の設定はセルバンテスの遠い遠い遠い親戚だ。
 レッドの役よりは近い親戚のカジノオーナーにセルバンテスは会いに来ており、二人が顔をあわせている間にレッドは適当にカジノで遊ぶ。遊ぶ振りをして客のひとりに近付き、遅効性の毒を仕掛けることになっている。
「無駄ばかりだ」
 レッドが欠伸で台詞を隠す。親戚設定も、二人でくる意味も皆目見当たらない。レッドかセルバンテスのどちらか一人で十分間に合う作戦に思える。こ
 れを考えたとき孔明はきっと、魔王に襲撃された後だったのだろう。八つ当たりの虫が節約優先の心情を乗り越えたのだ。
「それじゃあ僕は弟にあっているから、適当に遊んでいなね」
 ようやくついた専用エレベータの前でセルバンテスがにこやかに手を降る。レッドは応えず遊戯ホールへ向かい、つけられた接待役をあっさり撒いて関係者入口へ向かった。

「セルバンテスと同行する意味は?」
「セルバンテスの監視です。武器商人の暗殺はついでで結構。マスクザレッドがどちらをしくじる事もないでしょうが」
「監視?」
「隠密は忍者の身上。十傑集の監視にはあなたが最適と判断しました」
「監視ねえ」
「映像を撮ってきてくれればいいんです」

 羽扇で口元を隠す孔明に浮かんでいたのは笑いか憂いか。レッドは頭に叩き込んだ見取り図に従い最短ルートでセルバンテスを追う。セルバンテスの後ろから気付かれぬよう入室する自信はあった。
 いくら相手も十傑とはいえ本気になった己の存在を感知されることはない筈。
 レッドが部屋につくのと、セルバンテスが扉を閉めるのは同時だった。セルバンテスの影になるつもりだったが、扉の影に変更。室内へ入り込む。
 部屋に入れば壁の隅につき、するすると天井へ上り照明の影になって室内を見下ろす。髪を後ろへ撫で付けたスーツ姿のセルバンテスと、先ほどわかれた白いセルバンテスがいた。
 スーツの方は若い。セルバンテスなのだが、年のころはレッドとそう変わらない風に見える。カジノオーナーというなら破格の若さではないだろうか。
 業界のことなど知らないが。
 レッドは目を見張って二人を眼に映し、会話を耳奥へ記憶する。撮影・録音も小型カメラが行っているが気は抜けない。
 セルバンテスがスーツに勧められるまま座って酒を飲み始める。話はカジノの運営や、カジノが組み込まれているダラーの表の会社のことだ。あとは懐かしい・久しぶり・壮健でなにより、などいっそ暗号のようなやりとり。
 会見は20分ほど。握手をかわし、あっさりと白いセルバンテスが一人扉を出て行く。後を追うレッドにスーツのセルバンテスが小さく会釈を寄越し、レッドの機嫌を損ねた。

 用事を済ませてリムジンに戻り、レッドが耳奥の声を脳内で再生する。セルバンテスの領域に踏み込んだのだ。機械はあてにならないというのがレッドの言い分だが、孔明は逆を信用するだろう。
 再生するうちにフィルターをかけ、視覚情報と組み合わせる。「懐かしい・久しぶり・壮健でなにより」この会話一帯だけ視覚と聴覚のすり合わせに違和感を感じた。親指の付け根に歯をたて、ぎりっとレッドが骨をなぞる。
「お待たせ」
「あれがクローンか」
 縁日の帰りのように、なにやら色とりどりの風船やら菓子を持ち帰ったセルバンテスがそれでも決して狭くならないリムジンへ乗り込む。車は主の帰還にすべらかに動き出した。
「そうだよ。サンドイッチ食べる?」
 差し出された箱を受け取りレッドは血の滴るローストビーフに噛み付いた。自身の指より旨みがあり、当然に薄い。
「さっきの奴の肉じゃないだろうな」
「双子同然の相手なのに。酷いなあ、そんなわけないじゃないか」
「再利用?」
「お腹の底でだけ繋がってる身近で遠い他人」
「腹黒さ二倍か」
「ははは。乗算とは限らないよ」
 セルバンテスがコーラの瓶を勢いよくあける。みえすいた攻撃をレッドは甘んじて受け、カメラごと水浸しになる。BF団の機器がコーラごときでどうにかなるなどありえないが、気分だ。
 レッドはビール缶を複数投げつけ、セルバンテスの顔面間近で破裂させた。

『自慰』グロ含 レッド

 左胸に右腕を差し入れて肋骨をなぞる。
 骨の合間に爪をたててぎちぎち。繊維が爪先で撓んで血が腕を伝い溢れる。
震える。
 指が腕が胸が肉が目が頭が、体が。
 吐く。
 嘔吐物で喉が痞える。体が血を吐き出す。肉体が自傷する魂を吐き出そうとする。血が溢れる。骨が折れる。指の骨、肋骨に比べればずっと細い骨が抗議のようにだらりと下を向く。
 親指で無理無理骨を押し分けて、
 心臓に一筋。
 つかみ出す心算が毛筋ほどのひっかき傷をつけて仕舞い。

 頭から床に落ちて頭蓋の奥で光をみる。
 膝から落ちた現実。胸よりもそちらのほうが痛む。
 鈴の音。
「     」
 十常寺。古代中国のものだというぞろりとした衣服で、異国の言葉を一言。
内容がわからずともため息はわかる。丸々とした青っぽい指で瞼が下ろされる。
 死体のように大人しく、されるがままに目を閉じて。中常時を愛しているんじゃないかと錯覚する。瞼を閉じたその次に何の不安も感じない。

 青臭い薬の臭いで目をあける。
 十常寺の私室の隅の全く不似合いなパイプベッド。以前やつの寝台で目を覚ました時に事後と錯覚して一暴れした。以来据え置かれている。
「二日寝ていた」
「世話をかけたな」
「・・・素晴らしきに行方を聞かれた」
「いわなかっただろ?」
「死にたくない」
 くつくつと喉を鳴らす。俺に殺されると思うなら、お門違いだ。ヒィッツを殺して日常回帰。請け負うと十常寺は首を振った。
「ヒィッツに殺される。主には理解できぬ」
「確かに理解できぬな」
 薬湯を受け取り一息に飲み干す。変に躊躇うと咽る。
 立ち上がり、畳まれた服へ着替える。十常寺は爬虫類の粉末をせっせと瓶詰めにしていた。
「俺がぶっ倒れるとき、なんていってるんだ?」
 なぜあのタイミングでいつも現れるのかも気になるが、それだけは聞いてはいけない。聞けば次はその理由を粉砕するだろう。別に本気で死にたいわけでもないのに、繰り返す奇行。
「    」
 十常寺が唇を動かすが、俺はタイミング悪く余所見をする。袖を通したシャツから白いハンカチが一枚落ちた。
「素晴らしきから預かった。もし見かけることがあればと」
 淡い青で縫い取りがされただけのハンカチ。特別な意味も仕掛けもありそうにない。
「じゃあな」
 部屋を抜け出る。ハンカチは右手に持って、左胸の内ポケットへねじ込んだ。何の意味があるのか。自分の行動もハンカチの意味も、皆目見当がつかないくせに妙に気分が浮ついた。

『眼帯』レドヒツ

「重い」
「鍛錬がたりねぇんだよ」
「足りてないのは貴様の礼儀だろう」
「それとお前の忍耐?」
 片手にコーヒー、膝に雑誌。移動中の機内でささやかな休憩をとるヒィッツの背中にかかる急な負荷。
 ヒィッツの背中と座席の間に余裕をもって飛び込み、仮面の忍者は人食い猫の笑みを浮かべていた。両肘をヒィッツの肩にたて、顎をのせれば目の前にはヒィッツの髪しかない。
「むしりとってやろうか」
 本気半分冗談半分。わしゃわしゃと指を髪に絡ませて、そのまま両手はヒィッツの顔へと回される。
「やめろ、ばか!」
「どっからのってきたとか、聞かねえのかよ?さっきの補給地なんだけどよ」
 BF団所有の小型機。客席には十傑集しかいない。レッドにとってはセクハラしようが押し倒そうがやりたい放題の状況である。
 ソレを狙ってレッドは別任務の帰路をねじまげヒィッツの経由地に向かわせた。半日移動時間が増えたが任務自体は早めに終わらせたので良しとする。
「聞いている!孔明からお前と合流してこのまま次の任務へ向かうと、今朝方な!」
 顔を完全に両手で覆われ、ヒィッツが吠えた。内容にレッドの目が光る。驚かせなかった怒りと、合同任務への嬉しさで、イーヴン。孔明抹殺の単語が一瞬間またたいて消えた。
「なぁ、間抜け」
 ヒィッツの顔を十指でまさぐり、レッドが間延びした声をあげる。
「なに片目塞いでんだよ」
 背後からではわからなかったがレッドの左目をガーゼが塞いでいた。テープで止めただけの処置をレッドは遠慮なくむしりとる。
 するっと背中から降りて膝へのった。向かい合わせで急に至近へ現れた顔へヒィッツが驚く。座席へ背中をつけると、背もたれが壊れて落ちた。
「瞼に傷を負ったんだ。金属の破片が」
「言い訳はいらねえ。次があったらお前の部下全員殺す。壁にもならねえなら必要ないだろ?」
「やめろ、レ」
「鳴かなかったら考えてやる」
 右目の白眼が滑稽なほど真摯なレッドの顔を見下ろし、ざっくり裂かれた左瞼が萎縮して震えていた。
「やめろ」
 レッドの指先が傷口へ潜る。咄嗟に悲鳴を噛み殺したのは機関室にいる部下への見栄か、レッドの台詞によるものか。
 指は傷の中身をヒトナデして抜かれた。焼き鏝を押されたような衝撃に涙が浮かぶ。口の端を歯が傷つけた。
「だから傷つくんなって」
 ヒィッツの血がついた指を舐め、ヒィッツが傷つけた口端にレッドの唇が絡む。
「冗談だろ?」
「あたりまえだろ?」
 冷や汗をかいたヒィッツと酷薄な笑みを浮かべたレッドが白々しい決まり文句を交わして、不自然な間をつくる。
 ヒィッツに浮かびかけた乾いた笑みはレッドの舌で濡らされた。投げ捨てられたガーゼが二人を避けるように床を滑っていく。

『喪服』

 オレンジの頭がうつむき、肩に髪が垂れている。
 形ばかりの教会の、古い長椅子はやつの体にはいかにも窮屈だ。
 黒服。白いカッターに黒いネクタイ。飾りのひとつも身につけず洒落者のヒィッツカラルドが消沈し俯いている。
 口をつり上げて笑いかけてやろうと思った。
 肩をたたいて酒に誘って、断れば殴りとばす。うきうきと靴音高く奴の隣へ歩み寄る。
「ミサは終わったぜ?」
 肩に手をおいて強引に振り向かせる。
 口をつり上げたヒィッツが白い目を細めて、笑っていた。

 がばがばとヒィッツがビールをあけていく。港町の魚はうまいと抜かしながらフライの皿も重ねていく。みていて吐きそうだ。胸焼けがする。
 俺は酢で締めた魚をさらってヒィッツの口に放り込んでやる。やつは毒でも食らったように顔色をかえて、大量のビールで流し込む。
「随分とご機嫌じゃねえか。泣きっ面みにきてやったのによ」
 いくら飲んでも顔色をかえず、にやにやと緩んだ表情も変わらない。肉親か恋人か親しい奴が死んだのだと聞いていた。葬式には間に合わないから、そいつが葬られた教会へ寄って帰還する、と。
 何百人だか殺した帰りにたった一人の死を悼むというその感覚がまさしく奴だ。さぞ思いに浸っていると思ったのにそいつの名前さえ口にでない。
「誰が死んだんだよ」
「親だ」
「へぇ?」
 ヒィッツが指を鳴らす。
「神父に落ち着いていたらしい」
 指を、ならす。真空波が店の中を微細にきりさく。頬を抑える客はいるが、悲鳴はあがらなかった。賑わいのなか、指弾きの音など響きもしない。
フライとビールを平らげてヒィッツがさっさと立ち上がる。店を出ると雨が降っていたが、ヒィッツは構わず歩きだした。

「お前の親父の墓ってどこだよ」
「教会のすぐ裏手だが。暴くのか?」
「親の顔がみてみたいっていうだろ?」
「・・・お前にこそいいたい台詞だが。遺伝上のつながりはないぞ。育ての親ってわけでもない。暴いて楽しい埋葬品もないだろうから労力の無駄だと当たるなよ?」
「・・・なにしにわざわざ来たんだ?似合わねえ格好までして」
「母が一番愛した男だといっていたからな。最後に顔だけみるつもりだったが、」
 お前をみてその気も失せた。教会に座っただけで満足もした。
 言って、ようやく存在に気付いたように少しの驚きをレッドへ向ける。
「・・・なにしに来たんだ?」
「・・・泣き面を見に来たんだよ」
「いつも見てるじゃないか。どれだけ暇なんだ」
 雨に濡れた笑い顔。今日は端から固めていない、ストレートのオレンジ髪が粘っこく肌に張り付いている。
 殴り飛ばして泥まみれにしたい衝動にかられる。実行する前に頭を掴んで唇を合わせたら、うっかり舌を挿しこんで離せなくなってしまった。どれだけ暇なんだ。ヒィッツカラルドの言葉が脳裏で跳ねる。
「ひとのこといえるかよ」
 レッドの顔が歪む。唾液をひいて離れた口を名残惜しそうに見つめる田舎の港町に不似合いな男が二人。
 拳を交えて笑い出した。

『売春』レドヒツ

「お前のからだって、いくら?」
「お前の人生」
「買った」

 こんな馬鹿な会話をして、私はレッドに抱かれている。退屈しのぎの暇つぶし。お互いそれ以上の理由はないと暗黙の了解。
 シーツの海にあがいて、私は何度もレッドの仮面に指をのばす。レッドは私の指を払い、手に口付け、肌に噛み跡を残す。
 愛してるだとか好きだとか、体の相性がいいみたいだ、だとか。レッドは教本を読むように棒読みの台詞を口にする。
 私は弄られる激しさに獣のように呻くだけで、ガールフレンドたちがどれだけの痴態を見せてくれたか、脳内検索を早々に放棄する。

「これって、売春か?」
「違うだろ」

 不意に全身の力を抜いてレッドが私に落ちる。汗ではりつく互いの肌に鼓動が煩い。体温が熱い。レッドはだらりと落ちた腕を私の耳に引き寄せて、だらりとたれた舌を私の耳へ挿しいれる。
 なぁ、なぁ、なぁ。舌を出したままの為不明瞭な呼びかけ。何度も繰り返し耳たぶに噛み付く。

「お前って、いくら? トータルで」
「体を人生で買って、他になにか残っているのか?」
「こころとかよ、魂だとか。あるだろ」
「胡散臭いな」
「端からそういう話だろうよ」

 退屈しのぎの暇つぶし。希薄になりがちな感情の恣意的な高揚遊戯。レッドは私に縋りつき、私はレッドに縋りつく。そういう遊び。
 悪趣味だと思うからそういった。悪趣味な発想の悪趣味な対応の悪趣味な会話の、悪趣味な空芝居。

「ヒィッツ、お前が欲しいんだよ」
「くれてやると、いっただろう」

 レッドが私の目を舐める。私は涙をだらだらと流す。レッドに抱かれて私は、返すべく感情を見失っている。レッドは私の首に手をかけてこどものように口を曲げている。
 どうなれば彼は満足なのだろう。どう受け取れば私はこの状況を、レッドの意図を解釈できるというのだろう。

「お前は全部、俺のものだ」

 降伏者の形相でレッドが私を見下ろしていう。
 私は動かなくなった体でレッドを見上げ、この男を手に入れたのかと、現実感のない実感に心底驚き目を見開いた。

『暗闇』レドヒツ

 膝に本を開きうつらうつらとページを繰る。
 深夜は過ぎたが、明け方にはまだ遠い。曇り空に閉ざされた夜。開け放した窓から蒸し暑い空気が流れてくる。
 暦のうえでは既に秋。道でしおりのように平らにされた蝉をよく目にする。
指がページを滑る。眠りの淵で身じろいで。かたんと音を立て本が落ちた。
 その間を待っていたように、カーテンをわけて人影が部屋へはいりこむ。
 ぼうっと闇に浮かび上がる赤。
 寝台に座り部屋主は眠い目を侵入者へ向けた。赤色は亡霊のようにいっさいの音を立てず寝台にあがりこむ。
「構えるな。寝にきただけだ」
 息がかかるほど近く顔を寄せて、言い聞かせるようにレッドがヒィッツカラルドへ告げる。鼻を舐めてわずが離れ、腰に腕を回し引き寄せて横にする。
 レッドは宣言通りすぐに目を閉じ力を抜いた。腰を抱いた腕もとかれ、ベッドに猫が潜り込んてきたような状態。ヒィッツはレッドから離れ床へ降りる。本を拾い窓を閉め、少し考えて空調をいれた。
 このまま他所へいって眠ろうか。部屋を出かけるとクナイが壁にささる。
 ベッドライトの薄明かりに赤よりも強い黒瞳が輝く。窓から入り込んできた時のように重さのない亡霊のようにふわっと傍らにあらわれる。これは真実レッドの亡霊ではないか。ヒィッツは疑い白眼にレッドを映し、じっと見つめ返すレッドの目に自身を見つける。
 ベッドライトが消された。レッドがどうやって消したのかわからない。急な明暗の変化にヒィッツの目がくらむ。
 レッドはヒィッツの腕を引きベッドへ戻り丸くなった。少しずつ闇になれ、ヒィッツの目にマフラーを外したレッドの白い肌が映る。これは暗闇が見せる亡霊だろう。こんな大人しいレッドなどついぞ見たことがないから。
 ヒィッツは強情な猫の毛髪を撫でてやり、自身も深い眠りへ入る。明け方を迎える前に、この絡みつく穏やかな空気が壊れることは予感していた。

『自傷』レドヒツ

 不安な気持ちをいいことに限界を超えて疾駆する。
 舞い散る空気と人間のかけら。黒旋風となって切り殺す人間のなかには覆面姿の下級構成員もあり、飛び散る欠片のなかには剥離した自分だったものも含まれている。
 息をしていないのに脳味噌は晴れ渡っていた。あさましいほど広がる空が視界の隅でちらちらと瞬く。
「ヒィッツ!」
 息をしていないのに身を砕くほどの大声がでる。周りは黒山の人だかり。黒蟻のような無尽蔵。
 何と言うこともない。ただ作戦が読まれていた。強襲の場で逆に包囲された。殲滅されようとしているが、部隊は十傑集二人が率いる精鋭。やすやすと殺されはしない。やすやすと、彼らの大将を銃弾の的にしはすまい。
 策をよまれたよことよりも、挟撃を提案した作戦立案者=ヒィッツが憎い。距離が離れすぎている。
「何を騒いでいる。酷い面だな」
「ヒィッツ・・・生きてやがったか」
「なんだ。心配をかけたのか?」
 ポピーレッドの唇が皮肉に笑う。自身の血か、他人の色か全体的に黒と赤に染まり、髪も煤けている。
「あまり見るな。ヘリが降ってきたんだ」
「お前が落としたんだろ」
「機銃で掃射されるのは趣味ではない」
「ンなもんあたるかよ。とろくせえ」
 視界が一瞬ホワイトアウトした。酸素が一時に全身へ回り、酷使した筋肉が正当な抗議をはじめる。休みなく体を動かしながらレッドはようやく回りを見始める。
 場所は町の中心部。端からここまでがむしゃらに突進したため、部隊はすっかり置き去りにされている。ヒィッツも似た様な形だった。彼ら二人を追うようにBF団特性の重火器のロンドが聞こえる。
「心配しやがったのか?」
 嘲りにレッドの笑みが満面になる。
「他人を思うってなぁ命掛けだなあ、伊達男」
「うるさい似非忍者」
 ヒィッツが指を弾く。それこそ機銃の掃射のように弾かれていた殲滅の音が、律音を刻み始める。
「先に片付けた方が命令一つな」
「受けて立とう」
 それぞれが出発点にさかのぼる。黒山のような人だかり。黒蟻のごとき無尽蔵。レッドは酷薄な笑みを浮かべ千切れて短くなったマフラーを背へはじいた。刀を握りなおし、片手に飛び道具を握る。
 ヒィッツは死体の山を足場にして縦横無尽に死のステップを踏んでいる。互いに振り向かなくとも、もう破壊に夢中になっていることがわかる。
最前までの不安を塗りつぶすようにことさらに喜びを強くして、レッドはビックゴールドを呼び出した。

『少女』最強サニー

「お・じ・さ・ま!」
 キャンディの花束を胸に抱えてサニーが走る。向かう先は魔王。呼ばれて振り向き魔王はサニーをさっと抱き上げくるりと回る。
 砂を吐く光景も最前まで魔王と会話をしていた孔明は無表情で距離を置く
幼子と後見人の楽しげな笑い声を遮ったのはキャンディの束。その半分。サニーはそれを魔王の口に押し当てて「ありがとうございます」と声をだす。
「これからも、いつまでも、お元気でいてくださいね」
 そっと床に下ろされて孔明にも一礼。キャンディの半分の半分をさしだして、
「お体にお気をつけて。お元気でいてください」
 もう一度深く礼をしてかけさった。残されたのは半分の案分のキャンディ束を見下ろす孔明と号泣しっぱなしの魔王。
「敬老の日?」
 認めたくないばかりやたらと時間のかかった思考検索の結果、孔明は八つ当たりに魔王の頬をひっぱたき執務室へ戻っていった。

「カワラザキのおじさま!」
 足取り軽くサニーが走る。目指すカワラザキはティールームで茶を飲んでいた。突撃の速度を落とし、キャンディを後ろ手にそっと近づく。
「こんにちわ、お嬢ちゃん」
 福福と笑み、立ち上がるカワラザキに座っていてほしいと身振りで示し、キャンディを胸に押しつける。
「いつもありがとうございます。感謝の気持ちです」
 頭にあたたかい手のひらが降りてきた。サニーは頭をなでられてくすくすとほころぶ。
「敬老の日をよく知っていたね」
「教えていただいたんです。誰かは内緒ですけれど」
 敬老の日を毎年忘れない者は幽鬼しか思い浮かばない。カワラザキはサニーをお茶に誘い、カップを三つ用意する。
 すっかりアフタヌーンティーの用意ができるころに緊張気味の幽鬼がさきのサニーのように両手を後ろ手にしてそっとカラワザキを訪ねてきた。

『少年』残幽

「あ・・・」
 部屋の電球がきれた。本をめくる指がとまる。
 窓から差し込む月明かりに幽鬼の肌が白く光る。夕方前に仕事を終えてふらりと山小屋を訪れた。
 十傑集にとってはBF団本部からさほど離れていない場所にあるため、レッドとかちあうこともある。レッドがいれば夜目のきく彼が電球くらい変えてくれるだろうが、生憎幽鬼は換えの電球の場所もシズマドライブ以外の動力を再始動させる業もしらない。
「帰るかな・・・」
 本の端を折ってとじる。立ち上がったところで携帯が鳴った。
「残月?」
「いまどこにいる? 資料を返したい」
「資料?ああ、明日でいい」
「会いにいく口実なんだ」
 残月の苦笑が電話越しに伝わってくる。
「なら残月、電球はかえられるか?」
 ソファに座りなおして月をみあげる。楽しそうだと残月がいった。

「幽鬼?」
 電球とワイン、サンドイッチにオレンジ。片手にポピーを一束さげて残月が山小屋を訪れる。鍵どころか扉が少しあいていた。十傑相手にいうのもなんだが不用心だと心から思う。
 そっとドアを開く。耳をすませると静かな寝息が聞こえる。真っ暗な部屋で月明かりをうける幽鬼がぼうっと輝いて見えた。
 一瞬動きがとまる。キスをしたい衝動を抑えた結果。
 音をたてずに荷物をおろし、電球を取り出す。
「スイッチは消していないのだろうな」
 一度電源をオフにして半端な熱の残る電球を取り外す。順逆かとはおもったが、手袋は外していた。静かにはずし、そっとつけなおす。電源をいれればあかりがつくはずだが、今は試しにつけはしない。
 そうっと、そうと。ゆっくりと幽鬼の隣へ腰を下ろす。
 やわらかなクッションにあまり体重をかけないように身を落ち着かせ微動だにせず幽鬼の目覚めを待った。

「・・・一晩中その姿勢でいたんだな・・・」
「ああ」
「信じられない」
 朝日が昇る前に目をさました幽鬼が柔和にほほえむ残月を残念な目でみつめる。わずかの間みつめあって、残月が花ひらくように赤くなった。

『かべの向こう』ヒツ

 ひとつ、ふたつ、みっつとよっつ。
 指をはじけば一瞬とはいえ海は裂け、空気は裁たれて構造物は崩落ちる。
 指を鳴らし、白い目で破壊の対象を探し、いたずらに空へ切っ先を向ける。
 空気が裁たれるその先の、雲が流れるその層の、さらにさらに先が一瞬でも手中に納まる幻想をもって。
 数えることをやめて曲を奏でるように指をはじいていた。飛び出してきた烏を一羽、まっぷたつにして地に落とし、空しくなってやめた。

 それから幾らも年が過ぎて、BF団も国際警察も人間も地球もウサギも亀もそこにみあたらなくなった頃。
 無数の流れ星が競うように流れていた。
 「素晴らしき」と冠された彼が知るはずもない未来。